沖縄の方言ことわざは面白い!「昔言葉」は「黄金言葉」

子供に伝えたい昔言葉

沖縄のことわざ最後のシリーズです。

「子供に伝えたい言葉編」ということで、教育にとても良い影響を与えるのではないかという「昔言葉」を紹介したいと思います。

もちろん大人にとっても、とても身になる言葉ばかりなので、ぜひとも親子一緒に記事を読んでみてはいかがでしょうか。

『くとぅば じんじけー』(言葉 銭使けー)

日本のことわざで類語は「言葉は刃物

【意味】

言葉は人を喜ばせたり、傷つけたりもする。

一度口から出た言葉は、飲み込むことができない。

なので、お金を使うように大切に使いなさい。

【解釈】

類語である日本のことわざの「言葉は刃物」は、言葉の持つ怖さを刃物で表現していますが、沖縄の昔言葉である「言葉 銭使けー」は、言葉=銭(お金)という表現をしていて、「言葉」そのものよりも、「言葉を使う人」に対して焦点が当たっています。

なので、子供を諭す時に「言葉は刃物だから気をつけなさい」というよりも、「お金を使う時に何も考えずに買ったりはしないはず。何を買おうか、今自分が欲しいものかどうか、ちゃんと考えて使うでしょ?それと同じように言葉を使うときも、何も考えずに思ったことを言うのではなくて、この言葉は今使っていいのか?相手は傷つかないか?ちゃんと考えてから使うようにしてね。」

と言うように、「お金使う」をという子供にとって身近な物で表現しているので、より理解しやすいのではないかと思います。

言葉遣いは行動に直結します。

言葉遣いが荒々しくて汚いと、荒々しくて人迷惑をかけるような行動をしてしまいますが、

反対に、言葉遣いが丁寧で美しいと、人と丁寧に接する事ができ、相手の事を考えた行動ができます。

言葉の大切さを子供の頃から理解できたのであれば、相手を思いやりことのできる立派な大人へと、成長してくれる事でしょう。

『やーなれーどぅ ふかなれー』(家習れーどぅ 外習れー)

日本のことわざで類語は「習慣は第二の天性なり

【意味】

家庭内での躾や習慣は、日常の行動としてすぐに現れてしまう。

家の中でワガママな振る舞いをしている人は、外に出ても自分勝手の行動が出てしまい、人に迷惑をかけてしまう。

反対に、親がしっかりとした躾をして、相手のことを思いやる習慣が身についているのであれば、良い行いをする事ができ、人望を集めることができる。

【解釈】

家での振る舞い方が外でも出てしまうという、子供の教育にとって助けになるであろう、素晴らしいことわざです。

例えば、家でご飯を食べる時に膝を立てたり、「クチャクチャ」と音をたてて食べる子供は、ほぼ間違いなく外でも同じ事をします。

怖いのは、それが修正できずに、大人になってからも食事のマナーが悪い人が結構いたりすることです。

食事のマナーというのは大切で、普段どんなに爽やかで気品がある方だとしても、食事の時にこちらが引くぐらいマナーが悪かったりすると、一気に評価が下がりますし、育ちが悪いのかな?なんてマイナスのイメージを抱かれてしまうかもしれません。

普段の行動は習慣になっており、悪いところがあれば子供のうちに直しておかないと、大人になってからではなかなか修正できません。

なので、子供のうちからしっかり躾をしてあげるということは、大人になって恥をかかないようにしてあげる、子供のために親がしなければならない義務だと思います。

なかなか言う事を聞かない子供であれば、お父さんの何か目につく癖を例に出し、説明してもよいのかもしれません。

普段から大きなくしゃみをする癖のあるお父さんは、外に出ても反射的に「ブェーックション!!」なんて家族として恥ずかしいことになったりする場合があるかと思いますが、「今の内から直しておかないとお父さんみたいになっちゃうよ」なんて脅しを入れると案外素直に聞いてくれるかもしれません。

『とぅーり んまから はいんま』(倒り馬から 走い馬)

日本のことわざで類語は「とんびが鷹を生む

【意味】

横たわって立つことすらできない馬から、自由に動き回れる足の早い馬が生まれること。

才能がなくて平凡な親からでも、非常に優秀な子供が生まれる事があるということわざ。

親をけなすという意味ではなく、親が優秀に育った子供に対して、嬉しさを表現する場合に使う。

【解釈】

この言葉は一見すると、親がけなされている?と受け取られかねないことわざですが、子供の可能性を信じ、我が子が自分を超えて行って欲しいと願う、親の思いが隠されています。

このことわざを子供にそのまま伝えると、「自分は親を超えているんだ」と勘違いをさせてしまい、親を軽視して自身の成長を妨げる恐れがあるので、

「倒り馬から 走い馬」と自慢できるくらいの大人になってね、という風に「将来的に親を超える大人になって欲しい」というような伝え方をすると良いのかもしれません。

『みいーぬ いらわー くび うーりり』(実ーぬ 入らわー 首 折ーりり)

日本のことわざで類語は「実るほど 頭を垂れる 稲穂かな

【意味】

人の上に立つ者であればあるほどに、謙虚であるべきだ。

稲穂は成長して、実が成熟してくるほどに首が折れてくる。

それと同じように、

本当の賢い人は、どんなに偉くなっても、威張る事なく常に謙虚な姿勢でいる。

そんな謙虚さこそが、人々から信頼されて尊敬されるものである。

【解釈】

こういう大人でありたいと思うと同時に、実行できている人は少ないのではないのかと思います。

成り上がり、一時の隆盛に気を強くして、威張り散らした態度をとると人は離れていき、いずれその地位から叩き落とされます。

長らく人の上に立ち続けている人たちは、謙虚で人当たりが良く、人望があり、周りを幸せにできて、自分自身も幸せな生活を送っているという場合が多いです。

地位というのは上り詰めるものではなく、人に支えてもらっている地盤の上に位置するものです。

奢る事なく、常に自分を律して生活をしていれば自ずと人の上に立つ事ができるでしょう。

それが難しいので人の上に立つ人間はほんの一握りなのかもしれません。子供の頃からそれを知っておく事で、将来大物になる可能性はより期待できるようになるはずです。

終わりに

沖縄のことわざはいかがでしたか?

記事を書いていて、わかってはいる事だけど、なかなか実践できていないとわたし自身反省しました。

子供のうちから、そういった「昔言葉」に触れておくことで、頭の片隅にでもその言葉が引っかかり、できる範囲で意識して実行していけば、いずれ大きな成果となって自分自身を助けることになるでしょう。

だからこそ、沖縄で古くから伝えられてきた「昔言葉」は現代においても、黄金のような価値がある「黄金言葉」と語り継がれているのだとわたしは思います。

「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る」

古き良き言葉には、未来を良くする新しいヒントが隠されているかもしれませんね。

特に「いちゃりば ちょーでー」は沖縄のスピリッツを体現しているような昔言葉で、沖縄の有名な曲の中にも頻繁に登場するほど、現在でもメジャーな言葉です。

ちなみに酒場で「いちゃりば ちょーでー」とお酒をすすめられたら、カリー(乾杯)と言ってグラスを合わせると、地元民は喜ぶので機会があれば試してみてください(^ ^)

※今回の記事は、長田昌明さん著書の「使えるうちな〜口」を参考に書きました。

とてもわかり易くて、面白い内容になっているので、ぜひ買って読んでみる事をオススメします!

 

2件のコメント

masaさま
はじめまして。
沖縄在住の安富祖と申します。 
沖縄の言葉を方言で知ることができて、うれしいです!住んでいると当たり前になって
改めて知ろうとする事も少ないですが…という私は埼玉で生まれ育ち、両親はウチナンチューですが、微妙なアイデンティティを持って育ちました。埼玉では、沖縄人みたいに言われ、こちらに来たら、ナイチャー的な感じに言われましたが、今はどっちでもOKになりましたが笑
そんな経緯があって、俯瞰してどちらも見る事ができるのは、良かったと感じます。

時間がある今、沖縄の名言みたいのを調べていて、この記事を拝見しました。

特に、意地ぬんじらー、てぃーふいき
のもとになったお話は、興味深く、なるほどーと思いました。
言葉というのは、時代を超えて今に生きてるものなんだなーと改めて感じました。

ありがとうございました!!

安富祖さん、コメントいただきありがとうございます。
純粋なウチナンチュでありながら、埼玉で生まれ育ったという事で、きっと色々と大変な思いもされた事だと思います。
わたしも東京と埼玉に長くいたので、沖縄に戻ってきた頃は「ないちゃー」みたいな感じでしたよ:笑
なので、内側と外側、両方の観点を持つ立場から、もっと沖縄の言葉や歴史を知りたいと思うようになり、図書館に駆け込んでいろいろと調べるようになりました。
その中で、自分が良いと思った言葉を他の方にもぜひ知ってもらいたい!と思うようになり、この記事を書くに到りました。
わたしも、意地ぬんじらー、てぃーふいきは 今でも教訓の1つにしているくらい大切な言葉なので、共感してもらえてとても嬉しいです。
この記事を書いて良かったなと励みになりました。ありがとうございます(^^)

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