沖縄の方言ことわざは面白い!「昔言葉」は「黄金言葉」

こんにちはmasaです。

今日は沖縄方言のことわざを紹介したいと思います。

沖縄の古くからあることわざは「昔言葉(んかしくとぅば)」と呼ばれていて、その教えは黄金のように価値があるということから、「黄金言葉(くがにくとぅば)」とも言い伝えられています。

昔から沖縄に住み続けて、伝統と文化を育んで来た先人たちの体験をもとに、そこから得た教訓と知識を、人々がより良い生活を送るための大切な知恵として、「言葉あそび」のような形となって伝承されてきた、いわば先人たちから代々受け継がれてきた贈り物。

沖縄のことわざは、相手を優しく諭すような柔らかい言い回しになっていて、短いながらも「スーッ」と的確に真理を射抜くような言葉が多いです。

ここでは、日本のことわざと比較しながら、「昔言葉」を形成した物語に解釈を交えながら紹介していきます。

本当にためになることわざばかりなので、ぜひ、お気に入りの「昔言葉」を見つけましょう!

沖縄のオジー・オバーと仲良くなれる昔言葉

これから紹介することわざを知っていると、オジーとオバーから「おっ、よく知っているね!」と、距離を縮めることができるナイスな言葉です。

特に最初に紹介する「いちゃりいば ちょーでー」は、若い人でも知っているくらいのかなり有名な言葉なので、これさえ覚えておけば間違い無いですよ!

『いちゃりば ちょーでー』(行逢りば 兄弟)

日本のことわざで類語は「人類 皆兄弟」

【意味】

まったく見ず知らずの他人でも、縁があって会えば、皆兄弟のようなものだ。

【解釈】

このことわざは沖縄で生活していてよく耳にします。

例えば居酒屋などで、偶然隣になった酔いが回って良い感じに仕上がった方々が、お酒をすすめて来て、「はい!飲んで飲んで!語ろうぜ〜 いちゃれば ちょーでー やさ」という風に仲良くなったりします。

ただし、ナンパの入りとして使う人いるのでそういう時は、「兄弟は実家に2人しかいないです」とか適当にあしらいましょう。

ただ年配の方々は本当に好意で話しかけてくれてる場合がほとんどです。

お酒を飲んで会話のキャッチボールをしたら、お酒を奢ってくれたりするので、積極的に兄弟になった方がお得かもしれません。

『いじぬ んじらー てぃーふぃき てぃーぬ んじらー いじふぃき』(意地ぬ出じらー 手ー退き 手ーぬ出じらー 意地退き)

日本のことわざで類語は「短期は損気」

【意味】

腹がたっても手を出すな、手が出そうになったら冷静になれ。

【解釈】

この昔言葉はあまり日常生活では聞いたことがありませんでした。

たぶんですが・・・長いから言うチャンスがあまりないのかな?

「短期は損気」の方が言いやすいですしね。

ですが、この昔言葉は相手を諭すような柔らかさがあり、わたしは結構好きです。

そして、どうしてこんな言い回しになったのか・・・元となる物語がありますので紹介したいと思います。

【物語】

この言葉は糸満市の「白銀堂」という地にまつわることわざです。

昔、糸満で漁師をしている貧しい男が住んでいました。

男はとてもお金に困っていて、知り合いの薩摩の役人から金を借りました。

しかし、期日までにお金を返すいう約束をしておきながらも、返すあてのない男は期日を過ぎても返すことができずに、逃げ回った末、とうとう薩摩の役人に捕まって言い寄られます。

「今すぐお金を返すか、刀で切られるか選べ!!」

刀を振り上げて今にでも、切りかかりそうな様子をみた男は懇願するように

「意地ぬ出じらー 手ー退き 手ーぬ出じらー 意地退き」

と諭すよな口調で必死に薩摩の役人の怒りを鎮めました。

そして、冷静になった薩摩の役人は、「一年後に必ずお金は返します」という男の申し出を承諾して、愛する妻の待つ自分の国に帰って行きました。

薩摩に戻り、家に着く頃にはすっかり夜も更けていました。

扉を開けて中の様子をうかがうと、灯りもない真っ暗な暗闇の中で、役人は何か違和感を感じました。

暗闇に慣れてきた目で妻の寝床を見ると、驚いたことに、妻と添い寝をしている男を発見してしまったのです。

怒りに身体中を支配された役人は、「男を殺してやる!!」と刀を振り上げました。

しかし、刀を振り落とそうとした次の瞬間、あのお金を貸している貧しい男の言葉が、ふと頭をよぎりました。

「意地ぬ出じらー 手ー退き 手ーぬ出じらー 意地退き」

役人は冷静になって思いとどまり、「とりあえず、その男が誰なのかを確かめてみよう」と思い、灯りをつけてその男の顔を照らしてみました。

役人は驚きのあまり腰を抜かしました。

妻の隣で寝ていた男の正体は・・・・・・男ではなく・・・

なんと、妻の母親だったのです。

役人が留守にしている間、娘のことが心配になった母親が添い寝をしていたのです。

「何ということだ・・・」

役人は危うく妻の母を殺しそうになった状況に言葉を無くし、それと同時にお金を貸したあの糸満の男に、心から感謝をしました。

それから一年が経ち、役人は糸満の男と約束したあの場所で、男と二人で立っていました。

糸満の男は長い間お金を貸してくれたことに感謝してお礼を言うと、役人の前にお金を差し出します。

しかし、頭を横に振りながら役人は言いました。

「そのお金は頂けません。あなたのあの言葉のおかげで、わたしは妻の母親を殺さずにすんだ。」

そして役人はそのお金をその場に埋めました。

その話が、やがて人々の間に広く伝わって行き、お堂が建立されました。

その場所が、糸満にある現在の「白銀堂」なんです。

・・・・以上が元となった物語と言われていますが・・・すごい話ですね。

危うく妻の母親を殺しそうになった、なんて現代では考えられません。

薩摩国というのが飛鳥時代にありましたが、薩摩の役人で琉球に自由に行き来できるという事を考えると、江戸時代の薩摩藩のことを指すのではないかと、わたしは思います。

江戸時代だと仮定すると、今から約150〜400年前の話ということになり、当時まだ沖縄は琉球だったので、薩摩とはだいぶ言葉が違っていたはずです。

ですが役人は方言を理解しており、普通に意思疎通できていたというのは、わたし的にはとても興味深いなと思います。

お金を漁師の男に返すのではなくて埋めたというところが??でしたが、きっと糸満の男もびっくりしたのではないでしょうか。

「えっ!?妻の母親を殺さなくてすんだと感謝してるのに、お金埋めちゃうの?」

みたいな感じで。

きっとその後、役人が薩摩に帰った後、男は速攻でお金を掘り起こして持って帰ったのではないかと予想します(笑)

わたしだったらそうするはずなので(笑)

あとぅまさい かふう(後 勝い果報)

日本のことわざで類語は「残り物には福がある」

【意味】

後に残った物だとしてもくさらなくても大丈夫。

残り物にこそ福があり、思いもよらない良いものが残されていることがある。

追い詰められても最後の最後に一発逆転だってあるんだ。

出だしが良くても、物事は全て最後の結果が大事。

【解釈】

この昔言葉は個人的にはとても好きなことわざです。

日本のことわざの「残り物には福がある」よりも深い意味合いになっており、すごくポジティブで、戒めでもあり、今苦しんでいる人にとっては希望が持てる言葉ではないでしょうか。

わたしが東京にいた頃、勤めていた会社の新年会でくじ引大会があり、最後の最後で一等賞を引き当てたことがあります。

その時に興奮のあまり、思わずわたしは「あとぅまさい かふぉーーーーーー」と叫んでしまいました。

ですが、非常にエキサイティンだったわたしは、前半の「あとぅまさい」を早口に走り抜けたために、何を言っているのかわからない感じになり、後半の「かふぉーーーーーーー」を強調し過ぎてしまったがために、レイザーラモンのHGの決まりゼリフ「フォーーーー」と勘違いされてしまいました。

普段おとなしいわたしが急に、レイザーラモンみたいになってしまったことに周囲は驚き、そして盛り上がり、「HG!・HG!・HG!」という手拍子のコールが鳴り響きました。

わたしはしょうがないので、立ち上がって景品を取りに行く道中ずっと、腰を振りながらHGのになりきって歩きました。

何か一言ありますか?と司会者から促されたわたしは、「嬉しフォー!!」と今度はしっかり確実にHGとして答えました。

酒が入っていたとはいえ、かなり恥ずかしかったです。

最後に一等賞を取ることができましたが、

あんな思いをするくらいだったら、一等賞いらなかったです。

それからしばらくは「あとぅまさい かふ」嫌いでした。

あれから月日は流れ、時間が過去の傷を癒してくれたので、今ではお気に入りの昔言葉です(笑)

「男女にまつわる昔言葉」へ続きます→

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