沖縄スクールカーストトップの不良は怖い!100人の男子中学生が、強制的に小学校に集められた理由とは?

沖縄の中学校はスクールカーストが存在する

約20年ほど前の話です。

ぼくが通ってた中学校は笑えるほど、はっきりとしたスクールカーストが存在していました。

ざっくり5段階の層になっていて、みんな言葉にせずとも、暗黙の了解の中で確立されているピラミッドです。

詳しく図で解説するとこんな感じです。

東京などの都会に住んでいる若者たちからすれば信じられないとは思いますが、不良グループが圧倒的な支配層として学校に君臨していました。

イケメンや頭脳明晰、スポーツ万能な方々を抑えてのトップという事です。

今の時代だと考えられないですよね。

ちなみにぼくは3位の階層で、細々と波風立てないように気をつけながら生きていました。

イケてる不良グループはアイドル並みの人気

スクールカーストのトップに君臨する不良たちはとにかくモテました。

というか、不良グループにはイケメンが多かったし、特に女子は可愛い子揃いで、ほとんどの層からの人気は抜群。

彼らが道を歩けば、みんなが注目して道を開けて、ちょっとした「花より男子」のF4状態でした。

更に彼らはその人気に加え、圧倒的な暴力も保持していて、団結力もあったので、誰一人として逆らえませんでした。

少しでも逆らうと呼び出しをくらい、囲まれて、ボコボコにされてしまいますから。

先輩は絶対的存在

そんな不良グループにも更に上がいました。

それは「先輩」です。

先輩は絶対的な存在でした。

例えば僕らの世代トップの不良グループでさえ、上の世代のスクールカースト最下層に対して忖度しなければなりません。

低下層だと舐めた態度をとると、先輩不良グループに呼び出されてしめられてしまいます。

ちなみにぼくが通っていた中学校は沖縄の中でも特に荒れていて、他の学校に比べて上下関係の激しさは際立っていました。

どれくらい凄かったかというと、当時は先輩を敬うという意味だけで存在する、生徒間での決まり事がありました。

そのルールを破ると呼び出しをくらってリンチされるという恐ろしいものでした。

そのルールの一つが、「一年生は一部階段の使用を禁止する」というもので、

一部の階段というのは、どの教室にもアクセスしやすい一番便利な階段のことで、確か「第一階段」という名称で呼ばれていました。

これは本当に不便で、体育の授業後の移動教室などで時間が迫っている時なども、遠回りしなければならないので、ダッシュする事が多かったです。

ぼくは一度、「第一階段」を間違って使ってしまった生徒の末路を見た事があります。

それは入学して間もない頃。

同じクラスのM君が堂々と第一階段を登っていくのを見かけました。

M君はとても真面目で優しい生徒で、単に「一年生は第一階段使用禁止」のルールを知らないだけでした。

ぼくは入学してすぐに、友達から「第一階段使用禁止」の話を聞いていたので「あっ、M君やばい」と心の中で思いました。

注意しようにもすでに姿が見えなくなる寸前だったので、どうする事も出来ずにハラハラしながら後ろ姿を見守りました。

すると姿が見えなくなった次の瞬間・・・いきなりM君が階段から降ってきました。

転げ落ちたではなくて、降ってきたという表現で正解です。

つまり、すごい力によって吹っ飛ばされた、ということでしょう。

ぼくは突然戦場にいるかのような恐怖に見舞われ、まるで鉄砲で撃たれた仲間の兵士を見るような心境でM君を目で追いました。

ふらふらと立ち上がったM君の顔は青ざめていて、クラスで話をする時のM君とは別人のようでした。

しかし、悲劇はそこで終わらず

やっとこさ立ち上がったM君に対して間髪入れずに、上の階から先輩の怒鳴り声が浴びせられました。

どうやら呼び出しをくらったみたいです。

ぼくは「えっ!?今ので罰は終わりじゃなくて、ここからが本番?」と目の前で繰り広げられている理不尽な場面に慄き、昨日何気なく家で過ごしていた時間が急に大切な時間に思えて、胸が苦しくなりました。

人は度を超えた恐怖を味わうと、何気無い日常が大切な日々だと認識するという事に、中学校一年生ながらに気付いた瞬間でした。

M君は逆らう事ができるはずもなく、足を引きずりながら一歩一歩とゆっくり階段を駆け上がって行きました。

そこで僕は、「こういう時は第一階段を使ってもいいのかな?」とふと疑問に思いましたが再びM君が降ってくる事がなかったので、とり越し苦労のようでした。

結局M君は、次の授業には出席する事はなく、休み時間に戻って来ました。

泣き止むまでどこかにいたのか、目は真っ赤かになって腫れていて、気の毒でしかたなかったのを今でも思い出します。

僕は何て声を掛けたらいいのかわからずに、ただ明日は自分の身に降りかかるかもしれないと未来の僕と真っ赤な目のM君を重ね合わせて、「何て学校に来てしまったんだ」と身体中に恐怖が巡り渡っていくのを感じました。

間違えるとボコられる先輩への奇妙な挨拶

理不尽なルールはもう一つあり、それが最も厄介なものでした。

それは「先輩を見かけたら、いついかなる時も挨拶をしなければならない」というルールで

その挨拶というのが、先輩が通り過ぎるまでひたすら首を上下に降り続けるという今考えると本当に奇妙なものでした。

その挨拶のことで恐ろしい光景を見たことがあります。

ある日、一緒に歩いていたぼくの友達が、不良の先輩の前を横切る時に、首を上下に降らずに深々とお辞儀をしてしまった事がありました。

深々とお辞儀をする方が先輩に対して敬意を表しているというのが一般的ですが、首を上下に降り続けるというのがこの学校のルールです。

ルールを破った彼はその場ですぐさまボコボコにされてしまいました。

本当にすぐさまという表現が的確で、お辞儀をして顔を元の位置に戻した時にはすでにパンチが入っていました。

ぼくも一度だけ、首の上下の動きがなっていないという、よく分からない理由で殴られそうになりましたが、たまたま同席していた同学年の顔見知りの不良が場を収めてくれて、ことなきを得ました。

そんな感じでぼくら一年生は、いつ身に降りかかるかわからない先輩からの理不尽な暴力に怯える毎日を過ごしていました。

中一のぼくらに通達された恐怖の命令

入学してから3ヶ月ほど経った頃です。

理不尽な戦場のような環境にも、少しずつ適応してきた僕ら一年生の男子たちに、突如として先輩から恐怖の命令が届きました。

その内容は「放課後、一年生の男子全員、Z小学校に集合せよ」というものでした。

偶然にもZ小学校はぼくの母校でした。

卒業以来なので、こんな形で訪れることになるとは複雑な気持ちです。

それは二年生の不良グループからのメッセージで、一年生の不良グループを介して僕らに伝えられました。

普段堂々としていた同学年の不良グループの面々も、「何が起こるかわからない・・・」と狼狽した様子でした。

ぼくの中ですぐさま思い浮かんだのが、第一階段を使いすぎて先輩達が激怒して全員呼び出しを喰らったか、もしくは挨拶がなってないという事で全員に体で覚えさせようとしてくれているのではないか、という事でした。

さすがに全員が殴られることはないか、と一瞬頭を過ぎりましたが、戦場のような学校なので何が起こっても不思議ではありません。

ただ本当に何の情報もなく、伝達役の不良グループですら状況が把握できていない状態だったので、僕ら一年生の男子全員は「一体何をされるんだろう・・・」と恐怖を抱えて授業を受けたので、その日は先生の話が頭に入ってきませんでした。

パニックになる小学校

その日最後のホームルームが終わるとすぐに、不良グループがやってきて「Z小学校に行くぞ」と先導し始めました。

ぼくたちほとんどの一年生男子はZ小学校に向け歩き始めましたが、100人以上の集団が同じ方向に向かって行く姿はなかなかお目にかかれない光景です。

それを目の当たりにした通行人は、一体何事か?と不思議そうな顔をしてぼくらを見ていました。

小学校に着くと既にかなりの人数が集まっていて、皆一様に不安そうな顔をして校庭内に点在して、先輩が来るのを待っています。

放課後といえども、部活などで残っているZ生徒はたくさんいたので、何が起こったのかと驚いていました。

彼らにとっては僕らは先輩に当たるので、きっと怖かったに違いありません。

中には泣き出す子供達もいて、Z小学校はパニック状態になっていました。

すると、その騒ぎを聞きつけたのか、何人かの先生達が出てきて待機している生徒たちに事情徴収をし始めました。

「一体君らはここで何をしているのか?」

きっとそんな風に聞いているのでしょう。

しかし素直に「実は先輩が・・・」なんて答えたら、告げ口をしたということで呼び出しをくらうかもしれません。

皆、口ごもって答えようとしません

特にぼくは母校ということで顔見知りの先生がたくさんいたので、事情聴取される可能性は高まっています。

とりあえず、常にしかめっ面をして更にうつむくという対処法を見つけて、先生達にバレないように時間が過ぎるのを待ちました。

予想だにしなかった結末

しかし、こんな騒ぎになっているのにもかかわらず、先輩達は一向に姿を表しませんでした。

先生達は騒ぎを収めようと、僕たちに帰るよう促しますが、誰一人としてその場から動こうとしません。

そりゃそうです。

勝手に帰ったら先輩に何をされるかわかったもんじゃありません。

2時間ほど待って時計の針が18時を回った頃、同学年の不良グループがぼくらの前にやってきてこう言いました。

「もう帰ってもいいよ」

えっ?

突然のことで何が起こったのか理解できませんでしたが

驚きと共に安堵感がどっと押し寄せてきて、ぼくは拍子抜けしてしまいました。

ずっと緊張状態だったので、力が抜けたタコのようにその場に座り込みます。

理由を聞くと

「男子とダンスの聞き間違いだった」

とバツが悪そうに不良君は答えました。

ダンスというのは、1・2・3年生の不良グループたちで結成されたダンスグループのことで

つまり、「一年生のダンシ全員集合」と先輩が命令したのに対し、「一年生のダンス全員集合」と同学年の不良君が聞き間違いをしてしまったという、ただの凡ミスでした。

ぼくはさしずめ魔界の森の中から現代に戻ってこれたかのような気持ちになっていたので、怒りは全く湧かずに、ただ安心感だけが身体中を支配していました。

帰宅するぼくを見た母は、「嬉しそうだけど何か良いことあったの?」と問いました。

ぼくは「何もなかったことが良いことだよ」と笑顔で答えました。

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コメント

  1. キャンプ・シュワブ テイケイ アルソック警備隊 より:

    アメリカ海兵隊に焼き入れて貰えばいいのに